平和とは
ロシアのウクライナ侵攻や中国の海洋進出を見ていると、これからの世界で人々が平和に暮らすことが徐々に難しくなって来ているように思う。これまで私は、国や人が豊かになれば、次に恵まれない国の人々に手を差し伸べ、より多くの人々が豊かになれるよう世界が良くなって行くものと思っていた。また、世界が豊かになれば民主主義が主流になり個人の考えが尊重され、資本主義的な社会になっていくものと考えていた。
しかし、実際には独裁的な政治家が幅をきかせ、力で勢力を拡大している。かつては積極的に民間外交が行われ、世界が一つになる期待も持ったが、現状はその逆でイデオロギーによる分断が進行している。
このような状況だからこそ、人は話し合いによるさまざまな問題解決の重要性を再認識すべきではないだろうか?力を持って問題解決し、服従させることが多くの戦争から人間が学んだ事なのだろうか?もしそうなら、こんな愚かなことはない。
第2次世界大戦の後、人々は戦争を2度と繰り返してはならないと考えた。平和と自由を守るために、さまざまな形で反戦がアピールされたが今はその勢いもない。力に対しては力で対抗するしかないと、防衛費の大幅な増額が議論され若者もそれに賛成する人が多いという。勿論それを一方的に攻めるつもりはないが、米国の銃規制のような負のスパイラルに陥る危険性をはらんでいる。
そんな中、今の世の中はSNSで考えを世界中に発信できる。その力を利用して次の時代を背負う人たちが、Youtubeなどでもっと平和の大切さについて伝える事が出来ないだろうかと思う。世界中の若者が主張すれば、政治家はそれを無視できないと思うし、世界中の人々が平和についての意識を持つと思う。
長年平和な時代を生きてきた私は、平和のために今何ができるのか考え行動したいと思う。それが世界中の子供たちへの大きな責任だと思う。
吉澤 比佐志